山﨑彩恵さんからのお手紙
東京都 33歳 女性
ヘルパー
重度訪問介護
ケアレター
わたしは今、重度身体障害がい者の専従介助の仕事をしています。もしもこの仕事の魅力は?と訊かれたら…。
「家族以外の他人が、誰かの”人生の一端”を担わせてもらえること」そう答えるでしょう。
でも、裏を返せば、それはこの仕事の重みや責任、大変さでもあるかもしれません。だから重度訪問介護の現場において、喜びと苦しさは表裏一体、同じ場所で発生するように私は感じるのです。
重度身体障がい者が、生きていくためには必ず介助者が必要です。生きていく…というのは生物学的な生だけではなく、社会的な生という意味も含まれており、私たち介助者は、その両方に”支えがい”を見出すのではないでしょうか。
しかし、利用者がより良い人生を生きられるようにサポートするというのは、言うほど簡単なものではないなと日々感じています。何故なら、介助者は利用者の自己実現の一瞬をピンポイントで支えるだけではないからで、人生の”一端”とは決して”一瞬”ではないことを実感するからです。
利用者の、人間らしい情緒的な部分の受け止め、些細なことから対外的なものに至る幅広いコミュニケーション、家族との多様で微妙な思いの調整など。その全てを担いながら、人生の途中途中、更に最終地点にある目標に向かって、ともに歩んでいくのです。
生物学的な生、自己実現という社会的で華やかな生、その二つをつなぐ生活の土台となる、日々繰り返される地味な生。この3つの生に、責任をもって寄り添うことこそ、介助者の使命なのかな、と感じずにはいられません。
”介助者は、利用者の人生の本拠点で働く。医療者は、患者の人生の通過点で働く。”
看護学生の介助者がそんなことを言っていました。私はこの言葉をとても印象深く感じています。
医療的な専門性に乏しい介助者は、利用者の個別性に特化しなければいけず、介助の仕事はそれだけ、その人自身の生活や人生に入り込むことが求められます。
…ただし、介助者はあくまでも家族ではなく、介助は仕事です。やはり、ここに喜びと大変さ、もしくは苦しさの発生源があるのかもしれません。
ケアをするあなたへ、ケアをするわたしが伝えたいこと。
それは、この仕事の難しさを書き連ねながら、やっぱりこの仕事が尊くて愛しいと思ってしまう、ということです。